Sunday, September 18, 2022

"Song & BowzuMan”★September 2022#Ⅳ 💎💎『LYRIC:詩響』 (1981年作):Remix & Remaster 2022💎💎♦唯信:九坊院より言の葉だより♦2022(令和4)年9月号 正像末和讃 三時讃より二首💎 ❝心に慈慧の響きと平安を​ーNAMOWAMIDABUCHI​❞ from "Song & BowzuMan”

 



“Song & BowzuMan”
北條不可思
Monk (Buddhism: Jodo Shinshu Hongwanji‐Ha & singer-songwriter)
​ 浄土真宗本願寺派 僧侶/1981年得度♦シンガーソングライター "
💎💎💎

Song & BowzuMan”since 1981 
&
ENBAN “縁絆・野聖物語” concert endlesstour since 1996 

ENBAN:縁絆 “彌陀の本願を縁じ、念佛を絆ず”
~この穢愚身、唯今ここに帰命尽十方無碍光如来~

NAMOWAMIDABUCHI



September 2022#Ⅳ

【この穢愚身 唯今ここに 帰命尽十方無碍光如来】
北條不可思/法名:釋難思

〝弥陀の本願を縁じ、念佛を絆ず〟

 NAMOWAMIDABUCHI 





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OfficeAmitahouse💎Fantasia Records de JION MusicFactory since 1998
『LYRIC:詩響』
(1981年作)
作詩・作曲 北條不可思
WRITTEN BY: FUKASHI HOJO
夢に愛を乗せたまま 青い空見つめてた
幼い頃  くりかえし 聴かされた子守唄
夢を見て 旅に出た
あの頃が さみしくひろがれば
後悔に 別れを告げたくて Goodbye my DREAMS
夢に愛を乗せたまま 青い空見つめてた
*わらべの頃 くりかえし 聴かされていた子守唄
心が僕を詩って
Goodbye my DREAMS
Goodbye my WORLD
Goodbye my REAL
Goodbye my LOVE
Goodbye my WAR
Goodbye my PEACE
夢が愛を超えたまま 青い時を舞い上がる
燃えて上がる カルバナル 君の恋は 祭りの後
夢を見て 旅に出た あの頃が 悲しくひろがれば
後悔に 別れを告げたくて
Goodbye my LOVE&PEACE
*REPEAT
Goodbye my DREAMS
Goodbye my LOVE
Goodbye my TRUTH
Goodbye my FRIENDS
Goodbye my MAM  Goodbye my DAD
Goodbye my DREAMS・・・・・・∞
Produced by GURAGYU
Copyright © 1981 renewed 2022 by Special JION Music
Fantasia Records de JION MusicFactory


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Equality,Freedom and Dignity

~自由と尊厳を平等に~
💎プロフィール&リンク:note💎





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​​​​ 築地本願寺​2018

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北條不可思CD作品制作一覧

Song Collection Album19942022

https://note.com/dabuchi39180428/n/n643fa70cf8bb

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​​悲戦・非戦​・愚戦・不戦 2022​♦

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♦唯信:九坊院より言の葉だより♦

​​​Me​ssage from KUBOUIN
​​​♢和讃の時間;Time of WASAN ♢​

2022(令和4)年9月号

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謹みて 有縁の皆さまにおかれましては慈光照護のもとお念仏ご相続の事と拝察申し上げます。


      

末法まっぽう五濁ごじょく有情うじょう

行証ぎょうしょうかなはぬときなれば

釈迦しゃかゆいほうことごとく

竜宮りゅうぐうにいりたまひにき



【意訳】さまざまな濁りに満ちた末法の世は、あらゆるものが行を修めることもさとりを開くこともできない時代であるので、釈尊が説き残された教えは、すべて竜宮に隠れてしまった。

(出典『三帖和讃』浄土真宗本願寺派編)

末法…正像末(しょうぞうまつ)と表される正法・像法・末法の三時(さんじ/釈尊は自身の入滅後に時代のうつろいと共に仏教が衰退していく様子を三つの時代で示された)のひとつ。正法は教(きょう/仏の教法)と行(ぎょう/実践)と証(しょう/さとり)の三つがすべてそなわっている時代。像法とは教と行はあるが証のない時代。末法とは教のみあって行と証がない時代。正法5百年、像法千年、末法一万年説が一般的(諸説アリ)。末法ののち、教もない法滅となる。

竜…架空の動物ではあるが古来より親しまれ、経典には仏教の守護者と説かれている。

    *

 116首を収めた『正像末和讃』は、親鸞聖人さま八六歳の頃に成立したが、その後も補訂を重ねられたと伝えられています。親鸞さまの御著書には、『末法』という言葉が再三再四記されています。鎌倉時代・乱世の時代を生き抜かれた九〇年のご生涯を通して、末法の世を生きているという自覚を強く持たれておられたのではないかと思いを馳せる次第です。

 親鸞さまのご生涯は、絵本にも小説にも描かれています。歴史上の偉人の一人として取り上げられることもありますが、私にとりましては、歴史を超えて本願念仏のみ教えをすすめて下さる尊いお方です。

 人と人が疑い合い、貶めたり騙したり、奪い合い殺し合う凄惨な現実をご自身の眼で見つめた方です。疫病の流行もありました。多くの生きとし生きるものが苦しんだ飢饉もありました。厳しい苦しい、時には自らの命の尊厳を喪失してしまうような危機にも直面されたけれども、親鸞さまは気高く、私に問いかけて下さいます。いかなる困難にあっても揺るぎない真実の教えを求めていますか? 真実の声を心を開いて聞いていますか?と。

本当に自分は真実の声を聞いているのだろうかと、問われれば問われる程に信が揺らぐ思いが致します。その心に次の御和讃が響きます。


正像しょうぞうまつ三時さんじには

弥陀みだ本願ほんがんひろまれり

ぞう末法まっぽうのこのには

諸善しょぜん竜宮りゅうぐうにいりたまふ

 

【意訳】正法・像法・末法の時代を通して、阿弥陀仏の本願はひろまってきた。像法の終りから末法に至る今の世では、さまざまな善い行いを修める教えは竜宮に隠れてしまう。

(出典『三帖和讃』浄土真宗本願寺派編)

 現在、唯今この瞬間も親鸞さまは、何処にいようともいかなる時でも弥陀本願の真実の教法は、この「私」を摂め取って捨てることはありませんよと、正信念仏ナモアミダブツの一筋をひたすらに勧めて下さいます。ただただ有り難いばかりです。      

 

合掌称佛

                     住職  北條不可思


唯信:九坊院より言の葉だより  このメッセージレターは、北條不可思が住職をつとめる 浄土真宗本願寺派 眞信山 蓮向寺【相模原市當麻九坊院】 有縁の方々にお送りいたしました通信です。




​​HIROSHIMA​​​

縁絆コンサート(2002年)/広島平和記念資料館メモリアルホール

​​http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-144.html​​



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IMAGINE Blowin’in the Wind With JION's bell★by Fukashi Hojo 2020-2022#2

​​​​​​​I​MAGINE&Blowin​​’in the​​​Wind​​​​
With JION's bellby Fukashi Hojo

​​『イマジン』ジョンレノン&『風に吹かれて』ボブディラン

そして尊厳の鐘(北條慈音)

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縁絆コンサート2002

広島平和記念資料館メモリアルホール 

http://fukashi.blog50.fc2.com/blog-entry-144.html

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『航海の果てに/ On the white road 

NEW YORK official version1994年作: FUKASHI HOJO VOW Leaves

​​北條不可思 “詩の葉【限定公開】

​『航海の果てに/ On the white road

1994年作《NEW YORK version

LYRICSMUSIC  WRITTEN BY :FUKASHI HOJO

​​(1994年10月 軽井澤・万平ホテルにて作す)

​​​​作詩・作曲・歌 北條不可思


歴史を超えて夢を見つけようよ 

茨の道で愛(大慈大悲)を見つけよう

子守唄を忘れた親鳥と 

空を恐れて怯える小鳥たち

幻を追いかける 愚かさが身にしみるけれど

戦う事に別れを告げ 共に今を歩こう

君と僕の間に 国境なんてないさ

+++++

瞳の奥の眼を開いて 心 さらして自分になろう

行く先に彷徨う 愚かさが身にしみるけど

争う事に別れを告げ 共に今を生きよう

君と僕の間に 国境なんてないさ

願いに生きることに目覚め 

共に今を生きよう

君と僕の間に 国境なんてないさ

(智慧慈悲)を語り

誇り(真実信心)を持って 共に今を歩こう

君と僕の間に 国境なんてないさ

*

すべての命よ 心からありがとう

すべての命が 輝きますように

Dear FriendsLet's Be REAL FRIENDS.

心から ありがとう

*

すべての命よ 心からありがとう

すべての命が 輝きますように

Dear FriendsLet's Be REAL FRIENDS.

心から ありがとう

*

すべての命よ 心からありがとう

すべての命が 輝きますように

Dear FriendsLet's Be REAL FRIENDS.

心から ありがとう

Buddha saraa gacchāmi

(南無帰依佛)

Dhamma saraa gacchāmi

(南無帰依法)

Sagha saraa gacchāmi

(南無帰依僧)

NAMO-WAMIDABUCHI

南无阿彌陀佛


Copyright © 1994 by Special Jion Music

Fantasia Records de JION MusicFactory




Produced by GURAGYU
総指揮:愚螺牛
NAMOWAMIDABUCHI

Pohtography,Text,Poetry,Lyrics
Copyright © 1981-Special JION Music
Fantasia Records de JION MusicFactory
in association with ENBAN FUKASHI-NO-KAI







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https://note.com/dabuchi39180428/n/ncac4303476a9


枯れ葉の願い 1981~2022

謹みて
心静かに八万四千といわれるお釈迦様の説教の中から、出世の本懐である「本願他力のみ教え」
浄土の法門、阿弥陀如来様の智慧と慈悲のお心を頂き、私共の一生をよくよく見つめてみれば、もはや、修行と学問を修め、成仏の証を完成できない末法の世にあって、まさに人の命は儚いもので、生涯の始まり、中頃、終わり、すべては夢、幻のようなものであります。 すなわち、人間にして一万歳の寿命を受けたということを知りません。一生は過ぎやすく、未だに誰か百年、二百年も生き長らえた人がありましょうか。死というものは、自分が先か、他人が先か、今日か明日かも分からず、自分より遅れたり、先に死んでゆく人は、木の葉につく雫や露よりもなお多いといいます。しかるに、朝には紅色の顔をしている若者が、もう夕方には死んで白骨になることも、また、事実であります。 まさに、死に至る縁は無量であります。 早くも無常の風が吹いてくれば、ふたつの眼はたちまちに閉じ、ひとつの息は永久に絶えてしまいます。紅色の顔は虚しく変わって、桃の季節のような美しい姿も消えてしまいます。
 その時に至って、親、子、夫婦、兄弟姉妹、師匠、弟子、知人、友人など、縁有る人々が集まり嘆き悲しんでも、元に戻ることはありません。これをお釈迦様は「諸行無常」と申されました。
そうそう悲しんでもいられず、野外におくって火葬にふせば、そこには唯、白骨のみ残ります。哀れといっても言い切れないほどの悲しみ、虚しさ、儚さ、さびしさであります。 我等が命の儚さは、老人が先か若人が先か、子供が先か、病の者が先か、健康な者が先か、全く分かりません。その答えは風に舞っているが如くであります。こい願がわくば、誰もがはやく、命の尊厳と真の誇りに目覚め、お釈迦様が説教くださる、大無量寿経の教説《阿弥陀佛の大いなる悲願》を心の拠り処とし、「南無阿弥陀佛 ナマンダブ」と念佛を称えつつ、仏教の教えには無い、占いや、まじない、たたり等といった迷信、邪教、外道に迷うことなく、与えられた今日の日をありのままに生き抜き、名残惜しくとも、この世の縁が尽きて生きる力がなくなり命終わるとき、限りない真実の智慧と慈悲の佛様の心の世界、西方阿弥陀佛国土へ往き生まれるのであります。これを浄土真宗において「往生浄土」と戴きます。
愚生は、罪業深重にして、学浅く、禿(カムロ=ザンバラ髪の意;愚生は現在巻き毛)の穢愚身無戒名字の念佛の僧侶ではありますが、命がけの尊いご縁を賜った皆様へ筆を取り、心を込めてお便りさせて頂きます。
 この文章は、混乱混迷の時代に人生を歩む私共へ、善人、悪人、性別、年齢を問わず、学問知識、名誉地位財産の有無を離れ、「阿弥陀如来の本願を信じ、念佛申うさば無条件に佛になる」と示され、在野に生き、『野の聖』と呼ばれ、和国・日本佛教の歴史のなかで異彩を放つ浄土真宗宗祖・親鸞聖人の御本意、『教行信証』『歎異抄』の一節を加え、本願寺第八代蓮如上人の『白骨の御文章』を取意自釈し、法話にかえて書き記させて頂きました。
 どうぞ、この佛縁によって、火宅無常の世界を乗り越えさせていただき、いよいよ眞実(マコト)の絆となりますよう心から念じております。            

~弥陀の本願に境界線はありません~
 南無阿弥陀佛
-1981年親鸞聖人報恩講を機縁に― 

浄土真宗本願寺派(本山/京都・西本願寺 東京首都圏・築地本願寺)
 眞信山蓮向寺・当麻九坊院・ 住職 北條不可思(法名 釋難思) 2022




『遊牛の詩』

YUGYU NO UTA

「歎異抄」第三条を機縁に

 善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。―

/曲 北條 不可思

(浄土真宗本願寺派:西本願寺築地本願寺/ 僧侶:シンガー・ソングライター)

 

1996年作

 

*善人なおもて往生す

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい

+++++++

自由だ平和だ人権だと騒ぐ前に我々は何をしてる

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい

 

**毎日何かの命を喰らって生きてるくせに

人間だけが一番エライと講釈、講釈たれる

ねずみに勝利を渡す牛になりたい

ねずみに勝利を渡す牛になりたい

悠々と歩む牛になりたい

悠々と歩む牛になりたい

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい

+++++++

 

明日ありと思う心の浅はかな愚かな己の精神よ

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい

福祉だ教育だ環境だと騒ぐ前に我々は何をしてる

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい

毎日何かの命を喰らって生きてるくせに

人間だけが一番エライと講釈、講釈たれる

 

ねずみに勝利を渡す牛になりたい

ねずみに勝利を渡す牛になりたい

悠々と歩む牛になりたい

悠々と歩む牛になりたい

 

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい

*善人なおもて往生す

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい

 

善人なおもて往生す

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい

善人なおもて往生す

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい

善人なおもて往生す

ましていわんや悪人はなおさらだ

Oh My Son : お前さん このメッセ-ジが聞こえるかい


Produced by GURAGYU:愚螺牛


Copyright © 1996,;renewed 2009 by Special JION Music


《親鸞聖人;西本願寺/公式サイト》

http://www.hongwanji.or.jp/

Copyright ©1996; renewed 2009 Special Jion Music

lyricsmusic -Fukashi Hojo

Engineer by Sunchess White Ash

Produced by GURAGYU


Fantasia Records de JION MusicFactory

in association with ENBAN FUKASHI-NO-KAI

OfficeAmitahouseVOW BREATH PRODUCTIONS


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YUGYU NO UTA/遊牛の詩

1996年6月
改めて思い知る『命の尊厳』の証≪命の尊厳とは、
人間の尊厳といった限定されたものではない≫を信じ、
『縁』と『絆』をキーワードに「第一回・縁絆コンサート エンドレスツアー」を
東京・築地本願寺講堂に於いて開催。
その2ヵ月後、
―善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。―
世界的に知られる、親鸞聖人語録「歎異抄」第三条の言の葉の放つ響きと、
重度障害を持つ、息子・慈音との生活の中から、
インスパイアされ生まれ出でた詩曲[遊牛の詩]を書き上げる。
Song&BowzuMan・歌うお坊さん/北條不可思の代表作の一曲となる。
北條不可思にとってのLike A Rolling Stone;BOB DYLANであり恩徳讃歌でる。

☆彡☆★★★★★★★★☆彡☆


♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦



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♦北條不可思CD作品制作一覧♦
(Song Collection Album)1994~2023






恩師​​はやし水月すいげつ和上わじょう

​​​​浄土真宗本願寺派(西本願寺) 勧学​​​

​​​​​​​京佛教学院​​​​​ 講師​​​:築地本願寺内

​​【中国新聞社:広島 元論説委員】


『犬はワン、ネコはにゃん。私はなんまんだぶつとなくんじゃね-』

『どんな時でも、衆生:シュジョウと出てきたときは

《この泥凡夫:罪悪深重にして地獄一定のわたくし》といただくのですよ』

恩師 林水月和上の常のお言葉です。

41年を経ても忘れられない。

NAMOWAMIDABUCHI

f・HOJO 2022



『今日の日は永遠の今』

1981年作品

作詩・作曲 北條不可思

呈上

恩師​​ 林水月和上

​​​​浄土真宗本願寺派(西本願寺) 勧学

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​​​​​『野聖物語~我が心の親鸞聖人』 ShinranShonin of my mind2009年発表】に収録

https://note.com/dabuchi39180428/n/ncb2fec7e0055

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南无阿彌陀佛

NAMOWAMIDABUCHI

NAMOAMIDABUTSU

『心に慈慧の響きと平安を』

北條不可思

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♦北條不可思CD作品制作一覧♦
(Song Collection Album)1994~2023

https://note.com/dabuchi39180428/n/n643fa70cf8bb



PhotographyCopyright©(石原秀樹)JAPAN

"Song & owzuMan”since 1981

&

ENBAN 縁絆・野聖物語 concert endlesstour since 1996

Footprints


 






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"Song & BowzuMan”39BOOK pecial CD

《歌嘆骨音:KATANKOTON

draft  



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​​​​現代和讃を謡う吟遊詩人へ​​​

​​​​​​メッセ-ジ フロム 三國 連太郎​​
​​​​

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